【脳梗塞】車椅子から脱却し、自力で歩くことの嬉しさとキツさと言ったら……リハビリの本質は自主トレの継続!?【真柄弘継】連載第9回
【連載】脳梗塞で半身不随になった出版局長の「 社会復帰までの陽気なリハビリ日記」163日間〈第9回〉
◆脳梗塞患者になり身体障害者の身として公道を初めて歩く
■9月19日金曜日
夏の名残りのようなゲリラ豪雨が夜中にあり、厚い雲に覆われた夜明けとなった金曜日。
昨日から歩きに歩いてはみたものの、一晩寝たらすっかり爽快な気持ちで朝を迎えられた。
まだ二日目だけに歩く速度が急激に速くなることはないが、10日後の歩く速さが楽しみだ(笑)
午前5時55分のラウンジは私の独占状態が続いている。
このまま退院の日の朝まで独り占めなのかな?
なんてことを考えながら外の変わらぬ風景を眺めている。
タイムトライアル二日目。
5分。
歩く距離を延ばしながら体力もつけられるという、まさに一石二鳥の自主トレ。
時間の有効活用で気分がいい。
大幅な予定変更でスタートが9時30分から8時45分に前倒しとなった。
さらにセラピストさんも変更。
廊下を自主トレで歩いてると、急に声をかけられ、そのまま5階のトレーニングコースへ。
段差や砂利道など二回まわってから1階のトレーニングルームでストレッチ。
二つ目も5階のトレーニングコースを歩きにいく。
都合3周障害物コースを歩いたからか、廊下を歩くよりも段違いに疲れる。
三つ目は外の駐車場を歩いた後に筋トレマシン。
午前中だけでかなりの運動量となり、部屋へ戻る足の重いこと。
部屋からすぐに食堂へ移動して昼ご飯となり、もうへとへとになりベッドに横たわったしまった。
午後は入浴があり、湯船で足を揉み解したらだいぶ楽になった。
またしても廊下を一周して自主トレに励んだのだ。
四つ目も足のリハビリだが、20分と短くトレーニングルームまでの移動時間を考え自室でのストレッチとした。
最後のリハビリは腕。
これも変則なためラウンジでストレッチ。
すべてのリハビリが終わり、歩いて自室や食堂へ移動したら、累計の距離は1キロを超えている。
これだけの運動量が来週水曜日の体重測定で結果として現れるのか楽しみだ(笑)
それにしても身体は正直なもので、いまこれを書いている17時30分現在、疲労困憊している。
晩御飯を食べ終えたら昨日と同様に早目に就寝。
身体をしっかりと休めよう。
■9月20日土曜日
朝のタイムトライアルは5分。
自主トレのレベルというか運動量は歩くだけなのに格段に増えた!
とにかく今までの自主トレやリハビリが生易しく思えるほどだ。
自立してから車椅子を使わなくなって身体の疲労度が桁違いに高いのだ。
これまで能天気なんて言っていたが、水曜日の午後からは全然別物になっている。
まさに一般的なリハビリは辛いというイメージ通りのハードさだ。
不自由な身体で歩きまくることや、その場で休むための直立不動も、なにもかも車椅子に座っての行動よりも負担が大きい。
この負担を乗り越えた先に普通に歩ける人生が待っている。
激烈な自主トレ(歩くだけなんだけど)もリハビリも、文字通り歯を食いしばって耐えるしかない。
今日は土曜日。
今週は自立チェックを挟んで一気に身体への負担が増えた。
明日の休息日にしっかり休むためにも、今日は今週最後の追い込みだ。
これまで外を歩くことはあったが、いずれも病院の敷地内。
歩道とはいえ公道となれば人だけでなく自転車など、敷地内とは比べ物にならない障害がある。
そこを今日、脳梗塞患者になり身体障害者の身として初めて歩いたのだ。
距離にして往復40メートルほど。
自転車は前後から来るし、行きは緩やかに登り坂だし、帰りは緩やかな下り坂。
その道を一歩一歩ゆっくりゆっくりと歩いたのだ。
病院の敷地に戻ったときは、身体中力んでいたからか、一気に脱力して深呼吸で息を整えた。
かなりの疲労度だけれど、まだ午前中だし、午後も足と腕のリハビリがある。
朝御飯の前に10日前に入院してきたO木さんと初めて話しをした。
右脳の脳出血で左側が麻痺している。
最初見掛けた時はベッドに寝ながら食事も食べさせてもらっていた。
今日は大きめの車椅子になっており、若いからか回復が早いようだ。
年齢は48歳とのこと。
私の残り入院期間60日ほどでO木さんがどこまで回復していくのか興味深いものだ。
昼ご飯が済んで午後からのリハビリまで1時間以上の空き。
廊下をゆっくりと歩いたが、かなり疲れがきた。
足のリハビリはストレッチをメインにした。
あとは部屋での自主トレのメニューを点検してもらった。
最後は指のリハビリ。
足と違い回復具合がまったくわからない。
だからと言って諦めているわけではない。
足を万全にすることで手のリハビリに集中できるようにと考えているのだ。
最初に指は時間が掛かると聞いた。
そこに注力するよりかは、俄然治りが早い歩行を早く終わらせてしまえば、手に割ける時間が増やせると考えたのだ。
足に関しては想定より早く進んでいる。
目標は「杖なしでの退院」から「杖なしで尚且つ歩く速度が健常者並み」とした。
今日、公道を歩いたことで杖なし程度では東京までの通勤は厳しく思えたのだ。
普通に歩けて初めて通勤や外回りの営業が可能となるのだ。
この先の人生を自宅とその周辺をチンタラ歩いていれば事足りるような資産家とは違う。
社会復帰には、より一層厳しく臨むしかない。
車椅子を脱却してから身体は正直に言ってきつい。
それもマシンで自主トレできるようになった頃に疲労で元気が出なかったことと比べても、今は桁違いにしんどい。
たぶん日記で書いてきたことでも、こんなにも辛いことはなかった。
それだけに能天気から地獄のリハビリ日記と改題したいくらいだ。
おそらく、ここが正念場なのだろう。
今夜も早く寝て、明日は朝の自主トレとリハビリ以外は身体を休める。
月曜日からパワーアップしていると信じよう。
文:真柄弘継
(第10回「会社の仕事に関わるのが最高のリハビリ! 歩けるようになるための最強のモチベーション」につづく…)

◆著者プロフィール 真柄弘継(まがら・ひろつぐ) 某有名中堅出版社 出版局長 1966年丙午(ひのえうま)の1月26日生まれ。1988年(昭和63年)に昭和最後の新卒として出版社に勤める。以来、5つの出版社で販売、販売促進、編集、製作、広告の職務に従事して現在に至る。出版一筋37年。業界の集まりでは様々な問題提起を行っている。中でも書店問題では、町の本屋さんを守るため雑誌やネットなどのメディアで、いかにして紙の本の読者を増やすのか発信している。 2025年6月8日に脳梗塞を発症して半身不随の寝たきりとなる。急性期病院16日間、回復期病院147日間、過酷なリハビリと自主トレーニング(103キロの体重が73キロに減量)で歩けるまで回復する。入院期間の163日間はセラピスト、介護士、看護師、入院患者たちとの交流を日記に書き留めてきた。 自分自身が身体障害者となったことで、年間196万人の脳卒中患者たちや、その家族に向けてリハビリテーション病院の存在意義とリハビリの重要性を日記に書き記す。 また「転ばぬ先の杖」として、健康に過ごしている人たちへも、予防の大切さといざ脳卒中を発症した際の対処法を、リアルなリハビリの現場から当事者として警鐘を鳴らしている。
